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ザンビアの隊員生活★

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ザンビアの同期であるN隊員の配属先の小学校も、郊外にあった。
首都からバスで4時間程度離れたステップの中の集落にある。
学校の前がその町の市場街や商店街、飲み屋街をかねている
いわゆる繁華街である。
校地に門や柵なども無く、運動場をはさんでいきなり校舎が立ち並んでいる。
窓ガラスのわれもちょっと気になるところ。

N隊員もタンザニアのK隊員のように、校地内の官舎に住んでいるらしい。
アフリカ諸国では、特に地方配属の学校隊員は、校地内に住むことが多いようだ。
理由を聞くと「繁華街に外国人が住むのは危険性が高いため」らしい。
確かに、同僚が近くに住んでいるのは、非常に心強い。

N隊員の間取りはリビング、寝室に台所。トイレは外。
電気は学校から引っ張っていてあるが、
水道は共同井戸を使っている。

タンザニアのKさんところから比べると、電気のある生活は非常に魅力的である。
電気が無いと、日没後は寝るしかなくなる。
K隊員のところは、水道は通っていたが、断水があることを考えると、逆に井戸のほうが
手動でも確実に水を確保できるので有用だと思った。
(井戸枯れなど将来的なことは除く。)



N隊員のところは、学校が来週からスタートのため
生徒の活動は見学できなかったが、
自主補習の生徒の授業は見学できた。

高校生の授業だったが、先生はすべて授業を英語で進め
生徒も問題なく聞けているようだ。
そういえば、N隊員に挨拶する生徒も
流暢な英語を使っている。
ザンビアでは英語の理解度は高いようだ。

エチオピアでは、ある地方の言葉が、共通語として採用されているが、
ザンビアでは、公平性を保つため、英語が共通語となり
公共放送のラジオやテレビでも英語で放送されている。
エチオピアではアムハラ語、タンザニアではスワヒリ語で
公共放送が行われており、日常的な生活言語が何かと言うことと、
英語の習得度合いが非常に深い関係があると思われる。

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※写真は、補習中の高校生


学校の教科書について、N隊員に直接聞くところでは
ザンビアの長年の習慣で
「教科書は先生だけが所持するのもの」との考えがあり、
普通の生徒は教科書を持たずに学校に来る。
(購入しようにも、教科書が1冊1000円程度と高価で買えない。)

そのため、教科書が無いことを前提に授業を進めざるを得ず
無駄な板書に時間が割かれることが一番の問題らしい。



「やれ、生徒中心型だ、グループ討論だなど
枝葉末端な、かっこいい教え方を考える前に、
まずは、教科書の価格を下げ、誰でも持てるようなシステムを作ることが
何よりも必要なことであろう。」
と述べていた。

タンザニアでも教科書は高価で一般生徒は持っていないのが普通である。
(エチオピアでは、学校一括購入で年度ごとに生徒に貸し出すのが一般的。)

根本的なことを改善するには、非常に時間がかかる。
しかし、それに目をつぶっている限りは、成功に近づいたように見えても、
本質的な解決にはなっていないことが多い。
本当のことを分かっているのは、長年現場で働いている現役教師である。
彼らの意見(建前でなく本音)を吸い上げるシステムを
作り出すことこそ、今最も必要なことではないだろうかと思った。



★動画は首都ルサカにて、自治体が運営する「コミュニティースクール(小学校)」
の運営にかかわっている同期のI隊員の配属先。

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タンザニアの隊員生活★

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ちょっと前に
タンザニアとザンビアの理数科隊員の活動先を視察する機会があったので
簡単に振り返ってみる。



タンザニアのK隊員の配属先は、キリマンジャロが遠くに見える
草原の中に建ついわゆる田舎の小学校。
イメージは日本の林間学校の宿舎の代わりに、学校があると言った感じ。
すまいは、学校の敷地内の官舎である。

電気はソーラー発電で、使えるのは電球2個のみ、
携帯電話の充電は、学校でしているそうだ。
水道はあるのだが、出たり、出なかったり。
私の中の協力隊生活のイメージに最も近い生活様式だ。

訪問した日は始業式で、その後に、ここしばらく手つかずだった農作業を行っていた。
たまたま自習中だったクラスで、自己紹介をさせてもらったが、
エチオピア以上に、英語での会話が成り立たないと思った。
K隊員に聞いてみると、教科書は英語で書かれているが
授業は9割9部スワヒリ語で行われているそうだ。

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来るバスの中で、老人から英語で話しかけられたことを言うと、
以前にイギリスの植民地だった経緯で、
ある一定以上の年齢の老人は、英語で学校教育を受けていたらしい。

そのため、今の英語が話せない若者に、話せることを自慢したい
と言う意味もあり、英語で話しかけられることも多いそうだ。
確かに、路上で野菜を売っているような老人から
英語で話しかけられると、「すごいなあ。」と普通に思ってしまう。



学校の設備は、セカンダリーだけあって、パソコンがあり、
理科実験室にもある程度の器具は入っているが
話を聞いた感じでは、実用分野においては、先生方にそれほど意欲が無いために
積極的には使われていないようであった。

物理実験室を見せてもらったが、
担当教員も「この装置を買ってもらったのだが、使い方が分からない。」と棚にしまったまま。
説明書が添付されていたが、あるままになっていた。



この日の夕食は、官舎の別棟に住む副校長からの招待を受けた。
彼の家には、腕白坊主の三歳児「リキ」がおり、
訪問者の私のお尻を付回す。
普段は、K隊員に付きっ切りだそうな。
夕食のときにも、ラジオの音楽でダンスを見せてくれたり、
歌を披露してくれたり、とてもすばらしい
エンターテイナーだった。

夕食を終え、外に出ると、外は一面の星空
特に、星屑でできた天の川が最高に美しい!!
日本では、見られない南半球の星空を堪能した。



★動画は、校地裏の農場から取った眺め、
最後に見える山はキリマンジャロ

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エチオピア南部諸民族をめぐる旅 8日目(2月8日)★

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昨夜はアワサで活動しているI隊員と、
その知り合いのプロジェクトの技術者の方と夕食を共にした。
ちょうど日没の時刻で、日が山に隠れた後の
空の色が徐々に変わってゆくのが幻想的だった。

そういえば、ここ数日、
日の出や日没を常に目にしている気がする。
朝は、早く起きないとすぐに気温が上がり、
動き回るのに適さない温度になってしまうからだった。
日没は、次の目的地へ向かう車の中や、
歩いて夕食へ向かう途中に目にすることが多かった。



アジスで生活を振り返ると、
朝起きるのは太陽がすでに登った後だし、
日が落ちるのは、家に帰って部屋の中にいる間に
過ぎてしまっている。
簡単言えば、せわしなく生活しているということだ。

旅行に出ると、1日の目的は
1個か2個。
その合間合間に、ご飯を食べたり、車で移動したり、
本を読んだりする程度。
やることが極端に少ない。
だから、ぼーっと自然を見る余裕が出てくるのだ。

時の流れを感じるためだけに
旅に出るのもいいかもしれない。



昨日今日は、完全に移動のみ
徐々に、文明化された場所に移りつつあるのを感じる。
日本から、アジスアベバを訪れた時には
「やっぱり途上国だな。」と思ったが、

一度、原始的な生活をしている村に基準があってしまうと、
宿でお湯が出たり、食堂で暖かい紅茶が注文できたりするだけで、
「おお、スゴイ!」なんて思ってしまう。
人間の感覚なんてのは、非常にいい加減だ。

考え方次第で、この世は天国にもなるし、地獄にもなる典型だ。



ここしばらく、旅続きだったが
その分、リラックスできた。
今後の活動に力を注げそうな気がする。

エチオピア南部諸民族をめぐる旅 7日目(2月7日)★

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見るべき民族をすべて見終わり
後は、来た道を無事帰るのみ。

行程がわかっているため、楽なものだ。
昨日は、午前中にムルシを見てから
アルバミンチまで戻り、

本日はアルバミンチから、アワサへ戻ってきた。



唯一の失敗と言えば、
昨日の夕方に、助手席の窓ガラスが上下できなくなり、
運転手が無理に下げようとしたところ
木っ端微塵に砕けてしまったこと。

おかげで大型トラックやバスとすれ違うたびに
大量の砂塵が社内に舞い込み、
いたるところが砂まみれになってしまったことか。



他には、特に問題なく、戻ることができた。
はじめは、ほぼ毎日、日が沈むのが先か、
車が目的地に着くのが先か。
という、強行スケジュールだったが、
その不安がなくなったためか、

運転手は、マンゴーやらバナナやらを
家族へのお土産にやたら買っている。

明日は、最終日、事故無く最後まで乗り切りたい。

エチオピア南部諸民族をめぐる旅 6日目(2月6日)★

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本日の訪問先は「ムルシ族」。
下唇を切り、丸いお皿を入れている民族と言えば
すぐにでも分かってもらえるだろう。

昨日の宿泊地から山道を車で約2時間強。
その村は存在した。

実のところ、ムルシは移動性の民族であり、
自然保護区の中にいくつの村に分かれているようだ。
昨日からお世話になっているガイドのタスファイは
街道沿いでちょうど2番目の村に我々を案内してくれた。



このような、1日単位のツアーでは、
ガイドに案内料、検問ゲートで自然保護区入場料、
村に入るときに村長に入村料金、セキュリティーに保護料金
を別途支払わなければならない。

なぜ、小さい村内部で「セキュリティー」なんて必要なんだろう?
と思っていたのだが、理由はすぐに分かった。

カメラ撮影したときには、一人当たり「3ブル」。
払うことになっているが、一度写真を撮り始めると
次から次へと「私もとれ、次は私だ!」と、大きな女性が寄ってくるのだ。
散っちゃい子供だけならまだしも、大人が大勢となると
小柄な女性が少数で訪問した場合は、危険な状態に陥りかねない。

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幸い、私たちが訪問したときには、他のグループもいて
分散されていたため、混乱することは無かったが、
もう少し、日常生活の雰囲気を見せてもらいたかった。
昨日訪問した、博物館の感想には
「ムルシ族は、お金にガメツイ。」とあったがなるほどと思った。

しかしながら「家のにおいがひどい。」と言う感想もあったが、
それは、さほど感じなかった。
それよりも、うちの理科室に生徒が1クラス入ったときのほうが
はっきり言ってひどい。



私たちのグループへの攻撃(?)が一段楽した後で、
子供たちが近くの川に案内してくれた。
エチオピアに来てはじめてみるほどの、美しい川だった。
(アジスアベバのたいていの川は、下水代わりのドブ川がほとんど)

移動性の民族は、季節に応じて、
水源の状態を見たり、観光客の訪問状態を見たり
しながら、選べるメリットがあるなあ。と分かった。

ムルシのお皿も買えて、満足のゆく訪問になりました。

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★おまけ
K隊員のリクエストで、家にあった「ポン酢しょうゆ」を持参。
昨日の夕食で、焼肉料理に使おうと言うことになったのだが、
あいにくの肉料理が無く、サラダに少し使った程度。

ビニル袋に入れて、トランクルームに置いたのだが
悪路の連続で、いつの間にやら、ゴロゴロ転がっていたようで
「何かにおいがする!」と、気づいたときには
もうすでに、中身がなくなっていた。。。

しかも、近くにおいてあった、私の服やら寝袋やらにしみこんで
ひどいことになっていた。
あー、何のために持ってきたのやら。。。

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