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心の中の少年へ★

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英語学校の宿題で
「あなたのパッション(情熱、愛着)をテーマにプレゼン案を考えよ。」
と言うのが出た。
毎回、何人かに発表させるらしい。
初めは、趣味のスキーやサーフィンについて語ろうかとも思ったが
エチオピアでは共に知られていないスポーツなので、今回は断念した。

「じゃあ何を話そうか。。。」
と思ったときに、PCの中に入っている、家族の写真を思い出した。
ちょっと方向性が違うけれど、エチオピア人に受けるはず。。。
と言うことで、まずは写真選びから入った。



日本で選んだ時は、そうとは思わなかったのだが、
時期によって、自分の顔なのに、
顔つきが全く違ってくる。
高校生の時の写真などは、「これ、私じゃないでしょ。」と思うほど

今のエチオピアで活動している私の顔は
何年か経ってみた時に、どう見えるのだろうか。
気になるところである。



今回、プレゼンに選んだのは、上の写真。
千歳あめの袋と、弟の様子から、5歳の時の写真と思われる。
はにかむように、写真に写っているが
この時の私は、何を思っていたのだろう。。。

ひとつ記憶にあるのは、「このまま、幼稚園だったらいいのにな。」
と思っていたこと。
その断片だけが、頭の片隅に残っている。
幼稚園が好きだったのか、大きくなるのが不安だったのか。
今となっては不明である。



それから約30年たって、今の私があるのだが、
5歳の時の私と、もうすぐ35歳になる私
何が変わって、何が変わっていないのか。

持って生まれた、
意地っ張りで、やんちゃで、親の言うことには、耳を貸そうともしない
性格は今もって健在であり、
その頑固さがあるから、今ここで周りの環境から
ガツガツタックルを受けても、モノともせずに立ち続けているわけだが、
ちょっぴり疲れ始めているのも事実。
自分の「現実的な」夢は、たいてい実現させてしまったから、
この後の自分の足取りがちょっと心配なのだ。



おい、そこの少年よ。
私の「本当の」夢はなんだったのか、教えてくれないかなあ。
口やかましい、お父さんや、お母さんには内緒にしておくから。
35のおじさんは、毎日の単純なルーティンワークに目が回って
頭がちょっぴりおバカになっちゃった気がするんだ。

そんな難しいことを急に言われても、困るか。
そうだ、少年よ。
今はちっちゃくって、お父さんやお母さん無しでは生きられないけれど
もし、体も大きくなって、お金もあり
自分で自由になんでもできたら何がしたい。
おじさんに、内緒で教えてくれないかな。

なに、耳を貸せって?
そうか、おじいちゃんと一緒に南極にクジラを見に行きたいか。
そういえば、お前はおじいちゃんが大好きだもんな。
いくら、おじいちゃんが、クジラはでかいんだぞーって言っても、
見てみないと分かんないよな。



よし。
もし、お前がおじいちゃんと一緒に南極に行けなくなっても、
ちゃんと、お父さんとお母さんの言うことを聞いて
一生懸命英語も勉強して、協力隊なんぞに合格したりしたら
おじさんが、将来必ず、お前を南極に連れてゆくことを約束しよう。

そんなに難しい顔をしなくても大丈夫さ。
お前だったら、絶対出来る。

じゃあまた、いつの日か会おう、
私の心の中の少年よ。

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「高い」と「安い」

お店でモノを買う時、
「あっ、これ安いね~」
「なんで、これ他より高いんだろう。」なんて会話を何気なくする。



「モノが安い」と言うことは、一見嬉しいことのようだが、
適正価格より、安く作らされているということで、
誰かが搾取されている可能性が高い。

仮にAという商品が安く売られると、
同じAを作っている会社も安くしないと売れなくなる。
その分利益が少なくなるので、従業員の給料もその分下げられるだろう。

それで収まればよいが、価格競争に打ち勝つために
会社の工場を途上国に移してしまったら、
従業員の多くがリストラに合い、
給料さえもらえなくなる。



モノの値段が「安い」と言うことは、本来おかしいことなのだ。
その陰には、「誰かが搾取されている可能性がある」
ということを忘れてはいけない。

ウゴウゴルーガ★


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このタイトルでピンと来た人、おそらく30歳代でしょうね。

朝学校に行く前、朝ごはんをかき込んでいる時、テレビで流れていました。
今見ても、結構シュールでいけると思うんだけど。。。
ウゴウゴ君、ルーガちゃんは今頃何歳になったんでしょうね。

まあ、それはそうとして、
この番組のコーナーの一つとして
「偉い人の言葉(?)」と言うのがあり、結構気に入っていました。
その中でも、お気に入りは


☆現在というものは、過去の全ての生きた集大成である☆

げんざいというものは、かこのすべてのいきたしゅうたいせいである。
国語の時間ではないので、説明はしません。
その心を汲んでくれれば私は幸せです。

現在というものは、過去の全ての生きた集大成である。

自由になる方法☆

昼寝のうたたねの目が覚めて、
ボーっとしているとき、
夢の延長上で、面白いことを考えていることに気づくことがある。

考え事の本質は、どこにあるのか置いておいて



とりあえずは、今回のテーマ

「どうやったら、自由になれるのか。」


1)お金や物がたくさんあったら、自由になれるのか。

2)お金やものができるだけ少なかったら、自由になれるのか。


っていうテーマの答えに

うたた寝の寝起きで、気がついた。


正解は2)

お金や物がたくさんあるということは、すべてのものについて、自分で維持管理する必要がある。
それらが目減りしないかどうか、人に盗まれてしまわないかどうか。
気を付け続ける必要がある。

物が少なければ、物の管理から解放される。

そのことが「自由」だと気が付く。



人間は、何も持たずに生まれて、何も持たずに死んでゆく。
お金や物を持つのは、人が生きている、ほんのつかの間だけ。

ここに来る前に、収入の面で、あれこれ悩んだ。
しかし、手にする生活費がわずかで、
身の回りにある所有物も最低限のものということは
これほどまでに「自由」なことはないんだな。

インスピレーションで、そう感じた。


死ぬ際に、
「おら、死にたくねえ~~」
と思うのは、生きることへの執着もあろうが、

お金や物への執着もあるのではないかと思う。

その時の練習も兼ねられるというのは、
それほど悪くないかも。。。
なんて、ね。




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