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空港での荷物の受け取り★

P1000264.jpg

アジスアベバのボレ空港に到着。
熱気がむっとくるこの感じ。
「着いたよ。着いた~~~~~~~~。」って、叫びたくなる。


長ったらしい、イミグレーションを通過の後。
外で荷物の受け取り。

「なんだこりゃ~~。」きれいにパッキングした段ボールだったのに、出てきた荷物はくっちゃくちゃ。
つぶれているだけならまだしも、
2個のうちの1つは一辺が破れて、中身が半分飛び出している。

他の隊員のスーツケースも、新品だったものが傷だらけ。
そんなもんなんだな、途上国ってのは
ちゃんと届いただけでもありがたいことだ。

カメラを置き忘れる★

ドバイ空港でブログを更新しているときに
「ドバイの雰囲気でもとっておこうかな~♪。」
「あれ、カメラはどこだ?」
「もしかして。。。」


最後に使ったのは、関空行きの「特急はるか」にて、夕御飯の「かにめし」。
P1000180.jpg


その後は、今の今まで使用なし。

とりあえず、空港のinformationを通してPoliceに行き、そこでLost & Found へ電話。
もし見つかれば、私の乗り継ぎのチェックインカウンターまで電話をくれるという話。
しかし、カウンターに行っても「そういう連絡は受けていません。」とのこと。

いきさつを説明すると「それじゃあ、直接エミレーツ航空のカウンターまで出かけたら。」と言われそこまで出かける。
しかし「まだ、見つかっておりません。忘れ物の登録はインターネットのHPまでお願いします。」


ふ~~~~~
先は長いぜ。まったくよ~。

(6月28日現在、発見されず。ただいま、JR西日本に問い合わせ中。)

(ありがたいことに、カメラは発見されました。
まあ、「かにめし」の写真がアップされていることからも、明らか。
経過は後のブログにて)




祖父の話★

最終日、前日は母方の祖父母を招いて「餃子パーティー」

久しぶりに、祖父の若い時の話を聞いた。
(17歳の時に満州に渡り、ガラス工場を経営し、仕事が軌道に乗った後、祖母が海を渡り、そこで母が生まれた。やがて戦争が始まり、祖父はそこから戦場へ、そして、間もなく戦後。あとに残された、祖母と赤ん坊だった母は、着の身着のまま大陸から日本へ。。。)

祖父は今年で90歳。
こういう気分の乗った時でないとなかなか、戦時中の話は聞けず、聞くたびに感心する。というか、日本にもそういう時代があったんだと、気付かされる。

父方の祖父はもう亡くなってしまったが、捕鯨船に乗っており、ほとんど家におらず、南氷洋に行ってクジラをとってきた話を幼いながら、よく聞かされた。
戦時中もその経験を生かし、大洋州のあたりの~~島で、玉砕して~~。という話も、小学校の時の「おじいさん・おばあさんに戦争中の話を聞こう。」という宿題で聞いた。

私の父母は、戦後の高度成長の時代を経験しており、日本がまだ「後進国」だった時代を体験として知っている。

そのため、父母からは「足るを知る。」という教育を受けてきている。
しかしながら、私たちの次の世代から(人によっては同世代から?)は「知識」としては、知っているが、「経験」として知らないがために、日常生活の中では実行できていない。
そういうことが、学校現場にいると実感としてわかる。
言い方を変えれば「もったいない精神」とも言えるかもしれない。
自分の子供たちに当たる世代、「足るを知らない世代」には、今の日本の経済状態を考えると、自分の身の丈に応じた生活を強いられた時、耐えられるのだろうか。。。
なんて考えたりする。




ん・・・・・・
なんか、途中から、話の方向が変わってしまった。
本当は、私の性格は、じいさんたちからの遺伝のせいだ。
という言い訳をしたかったんだった。。。




(関空で搭乗までの時間が余ったので、「ラウンジ」にて更新。好待遇に感謝。
まだ書いている途中なんですが、搭乗時刻が来たので、出るとします。
じゃ)


旅立ち前夜★

ふう~
この数日、地に足が付いていない感じ。

午前中、登山用品のパッキング(→船便)をしていて、
どうしても、冬スキーに使った山用品が見つからない。
「そうだ! 車庫の中二階にしまったんだった。」
と、取りに行く。

「あった!!」と箱を動かそうとした瞬間。
隣りの除湿器にコツンと当たり、ゴロゴロ転がり・・・

「ドン、ガッシャーーン。ゴロゴロ・・・」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
下には、2台の外車が。。。

やば


気の緩みは、行動に現れる。
自分のことは、自分で守る。

よい。戒めになりました。


(運が良いことに、除湿機は2台の車の間に落ち、車は無傷でした。)



教員免許更新★

実は、今年度と来年度が私の教員免許の更新に当たる年
しかしながら、派遣とちょうど重なるために、「教員免許期限延期の申請」に教育委員会へ行ってきました。
手続きは、滞りなく行われたのですが、1件のトラブル発生。

私は昨年度、教員免許更新の事前講習で「30時間のうち、すでに21時間の習得済み」で、残すところ、9時間でよかったはずが、
免許期限延期の申請をすると、取得の21時間分がすべて無効になるとのこと。

「そんな話聞いていない!!」と、すったもんだしたのですが、法律がそうなっているとのことで、なしのつぶて。。。

でも、担当者の方が相談に乗ってくれたおかげで、一つ貴重な情報が手に入った。
「某大学では、インターネットで講義もテストも可能だから、延長手続きを踏まずに、派遣国で受けてはどうか。」というもの。
しかしながら、エチオピアでは、いまだにインターネットがダイヤルアップのみで、講義を受講できるような回線ではない。「それなら、派遣まで、まだ一週間あるから、その前までに済ませてしまえば、いいのではないか。」
と、早速申し込んだ。

世の中は便利になったものだ。

あとは私のやる気のみ

090620_2206~01

(追加)
なんとか、5日間で無事に受講終了、テストも合格。
集中すれば何とかなるものです。
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