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職場訪問、打ち合わせ(6月27日)★

明日からが、職場への復帰であるが
担当者が、法人の理事などを何人か集めて、報告会の場を設けてくれた。

前日に、今までの報告書を引っ張り出し、
数時間かけて、書類の作成。
カラー写真も入れて、きれいに仕上げることができた。

当日も簡単な報告の後、質疑応答があったが
細かいところに興味を持ってくれ、良い感じで会話が弾んだ。
皆さんにはねぎらいの言葉もいただき、
無事報告会を終えることができた。



その後、職員室の先生方に
明日から復職する旨を簡単に挨拶した。
はじめ校舎に入る時は、幾分緊張したが
9割5分が知った顔で、拍手で出迎えてくれ、逆に恐縮してしまった。

その後、校長と今後の職務について簡単に打ち合わせをし、
本日は終了。
明日からはいよいよ通常勤務が始まる。

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家探し(6月26日)★

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私は職場に2年少々の休みをいただいての協力隊参加だったので、
その期間が終わったら、直ちに復職しなくてはならない。

しかし、職場は実家から車で約2時間の場所にあり、
通える距離ではない。
週明けの27日(月)に、あいさつに伺い
よく28日(火)からは勤務開始である。

とりあえずは、住む場所を確保するために
1週間分の衣料、日用生活品を車に積み込んで、
家探しの旅に出発。
(車は祖父より借りたもの)



インターネットで、ある程度の目星をつけてはいたが、
最終的に頼りになるのは、現地不動産屋での生情報。
約8年前、この職場に勤める前にもお世話になった不動産屋へ
まずは出かける。

近いところで、希望に合う物件を見せてもらう。
が、思った以上に良いところで、かつ職場にも近く
即決定!!

しかし、障子やふすまの破れがひどく、これを直すには
1週間程度かかるということで、それまでは、ホテル住まい。
まあ、当てがついたということで、
とりあえずは、よしとしよう。

実家への帰省(6月25日)★

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帰国後研修は3日制で、
3日目は自由参加の就職向け研修だったが、
私は週明けから仕事のため、土曜日の早朝には
都内を後にした。

東京発が8時40分、新幹線で米原まで、
特急しらさぎに乗り換え、福井まで、
その後は在来線で、実家まで。

おおよそ5時間の行程だが、故郷に近づくにつれ
頭で考えるよりも、周りの風景が自然に故郷を思い出させる。



駅からは、親に車で迎えに来てもらおうかと思っていたが、
久しぶりに、路線バスで帰ることにした。
私が小学生のころは、1時間に最低2本はあったバスの便も
朝晩だけが1時間に2本ある程度で、
日中などは2-3時間に1本程度。

経営が赤字にならないように、
シビアにバスの本数を減らしたのか?
そのため、余計不便になって、住民がバスを利用しなくなったのか?
私が乗った時も、私以外に乗客はいなかった。

故郷が、だんだん寂れてゆくのは
はたから見ても物哀しいものである。



この日は、家の墓参り、
祖父母の家、親戚の家を回って、近況報告。
後は、連絡をとるための携帯電話の契約を済ませ
はやめに就寝。

帰国後研修(6月24日)★

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名目はそうなっているが、
具体的な内容は、
1)担当係官との面接
2)健康診断
3)パスポートの返却

がメインであろう。

1)担当係官との面接
たまたま、約半年ほど前に、春香日本から現地エチオピアまで、
現状把握のために訪れていた係官とお会いしていたので
話にも花が咲いた。
特に、理科の係官との面接は、教員・教育委員・校長の経験を持つ方のため
どんな話題でも、非常に知識経験があり面白く、
その後も、カフェで話をした。
今後も、何らかの関係を維持できたら良いなと思う。



2)健康診断
同期隊員同士の飲み会でも話題に上がったが(医療・看護関係の隊員)
保険制度の改革のため、病院経営も難しく、一層の効率重視に傾いているようだ。
健康診断でも、以前はもう少し時間をかけて、念入りにやっていたような内容でも
ベルトコンベアー方式で、本当に短時間で済ませている。

今回は、健康診断だから、これでもよいだろうが、
本当の診察で、これをやられたら、患者は先生に自分の気持ちを
心おきなく話せるという状況を作るのは難しくなるだろう。



3)パスポートの返却
今回使用した公用パスポートの内容確認とその返却、
以前預けた、一般旅券の返却。
公用旅券の使い方が、ぞんざいだったら、おしかりを受けるらしい。。。

ということで、3点終了させて、
プラスαの楽しみは、訓練所で共同生活をしてきた同期隊員と顔を合わせること。



公立の教員は3月に帰ってしまっているが、
それ以外の同期の隊員は、日程は若干ずれてはいるものの、
講習会会場などで、顔を合わせることができた。

生活班のみんなとは、苦楽を共にしただけあって、
あいさつを交わせる機会が得られただけでも、ありがたい。
一つの特徴は、やせている人は体形を維持していたが、
やや太めの人は、普通に大きくなっていて驚いた。。。

まあ、それだけ、ストレスが多かったのだろう。
本当は、もっと時間をとって話を聞きたかったのだが
強行日程では難しかった。
(私は今週末は、引っ越し準備で帰らなくてはならない。。。)

何かの機会に集まれたらよいなあ。
なんて、思うが、うちの班では、ちょっとむずかしいかなあ。。

アスファルト社会「東京」(6月23日)★

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東京で入国し、一番驚いたことは、
1)湿度の高さ
2)道路の複雑さ
3)料理の繊細さ

だろう



1)湿度の高さについて
日本にいるかぎり、「湿度の高さ」は、梅雨時に「じめじめするなあ。」
と思うときだけだと思われるが、

高温低湿のエチオピアから来ると
日向は、明らかに涼しい。
じりじりと皮膚が焦がされる印象がない。

それに比べ、日陰が暑い。
汗が蒸発しないため、涼しくない。



2)道路の複雑さ
羽田空港からは、リムジンバスを使い、首都高速で都内に向かったのだが
道路の上がったり、さがったり、右へ左へと複雑さは尋常ではない。
おそらく、道を完璧に覚えているか、
カーナビを付けることなしでは、この道路を走りこなすのは
不可能である。

今回は、そのことよりも、
石油社会が終わった後、この道路をどのように維持してゆくのか
を非常に心配に感じた。

今は、日本の道路は完ぺきに整備されているため、
全くストレスを感じることはないが、
途上国では、場所によっては穴ぼこだらけで道路がまともに使えず
砂利の路肩を好んで走っていることさえある。

石油減産で、重油が不足したのちの社会に
どのような代替案があるのか。
非常に興味がある。



3)繊細な料理
エチオピア在住時には、やせることはあっても、太ることはなかった。
それはなぜか?
常食のインジェラでは
命を維持するために最低限の量を食べるだけで、
7割食べるともうバッカ(十分)。

それ以上食べたいという気にはならない。
他のアフリカ隊員に言わせれば、
味付けは、そこそこいいらしいのだが、私はそれよりも
酸っぱいインジェラをあまり受け付けなかった。

その他の選択肢として、中華料理があるが、
これは、幾分脂っぽいため、
こちも、胃がもたれて、おなかいっぱいは食べられない。



帰国後、初の料理は、関空でのタコ焼きと明石焼き
なんで、外はパリパリなのに、中は良い感じに柔らかに仕上がるのか。
味付けも、絶妙でため息が出るばかり。。。

深夜に、東京の宿につき、近くのファミレスに出かけた。
マグロたたき丼を頼んだが、
ここでさえ、普通においしい料理が出てくる。

日本人だから、そう感じるのか。
それとも、そもそも日本食の質が高いのか
詳しくは判断できないが、
確かなことは、このまま、おなかいっぱい食べられる状況が続くと
体重は自然と増加するであろうということ。

まあ、仕事が始まれば、自ずとやせるだろうから、
今はその分の蓄えということにしておこう。。。



まあ、コンビニでのあいさつ、
レストランでの呼び鈴など
幾分、過剰と思われるところもあるが
今のところ、おおむねよいところしか見えてこない。

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