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懐かしの母校へ(8月19日)★

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ちょっと相談ごとがあって、15年ぶりの母校(大学)へ。

協力隊員として派遣される前に、
「帰国後に久しく訪れていない母校の、研究室でお世話になった先生にあいさつに行こう。」
でも、それまでに定年になっていたら困るから、とりあえずはメールで確認。。。
と思っていたら、その当時約3年後に定年であることが判明。

一緒にその教授とグループを組んで活動している助教授の先生から、
「お祝いの会をすると思うから、決まったら連絡します。」
となっていた。
しかし、そのような席では、大賑わいで込み入った話をすることは難しいだろうから、
ひと足早く、先生のところに訪問してみた。



高校と大学時代というのは、本当の青春の1ページである。
(独身である今でも、「青春」と言ってはばからない私ではあるが)
今でも、度々母校で当時の同級生と会って話をするような夢を見る。
そして、夢から覚めて落ち込むこと多々あり。

早朝、5時半に家を出て、JRで大阪まで行き、
そこから母校のある四国までANAでひとっ飛び。
人身事故で電車が2時間遅れたり、
病み上がりで予約した航空券の、行きと帰りの発着地が逆になっていて
キャンセルせざるをえなかったりと
出だしでは躓いたが、四国の青空が私を歓迎してくれた。



北陸は、夏でも雲で空が覆われる日もあるが、
四国でも太平洋側に面するこのあたりは、一年中空が青い。
この空の青さが、幾度私にパワーをくれたことであろうか。
空港からバスで市内に向かう道すがら、
あらゆる風景から記憶が思い起こされる。

15年たってもさほど変わらない、この街並みって素晴らしいなあと思う。
大学の前を走る路面電車もいまだ健在。
片側1車線道路で、一方は電車と車が兼用の道路なんて、今どきないのではないか。
そういうところって素敵だなあと思う。



お世話になっていた先生の研究室の肩書も、以前の「環境防災学」から「地震地質学」
に変わっていた。
先生は相変わらず忙しく、その時も新聞社の自然科学分野の記者の取材を受けていた。
うちの先生の近年の仕事は
1)海底活断層のコアリング調査
2)沿岸の湖沼堆積物のコアリング調査
の2つを中心に研究を進めている。

このような分野の専門家の仕事は、地震後に特に増える。
私は大学1年生の時に阪神淡路大震災を経験したが、
その後、自治体から沿岸の海底活断層の調査依頼や
山中の湖が決壊しないかどうかの調査など仕事がてんこ盛りで
卒論はそれぞれの現場で調査をした後の基礎データで書かせてもらった。

現在も、東北大震災の後の南海地震対策や、湖沼の過去の津波堆積物から
今後の津波予想をするなど、面白い話がうかがえた。
やっぱり、最先端で働く研究者はかっこいい。



取材の後、一緒にチームを組んでいる助教授の先生も一緒に昔話に花を咲かせた。
最近思うことは、旅でどこかに出かけても、印象に残ったり
「再訪しよう!」と思ったりするのは、そこにつながりのあった人間がいるからだ。
同じ時間や空間を共有した人間と、その後の歴史を話すのは
お互い腹が割れているから話の発展が尽きない。

私の相談ごとも、おかげさまで大方解決できるだけの情報を得ることができた。
今回は私の計画不足でできなかったが、
次回、先生の送別会のときには
何人かの同級生に会えるような段取りを組みたいと思う。


★写真は研究室の様子

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