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高等教育と教養★

2学期に入り、学校祭も終わったということで
生徒も徐々に落ち着きを取り戻しつつある。

私は2年生の文系クラスの担任であるが、
ちらほら、進路の相談を受けるようになった。



私の配属先高校では、1年生から2年生に進級する際に
文系クラスと理系クラスに分かれ、
2年生から3年生に進級する際に
私立大学受験コースと国公立大学受験コースに分かれる。

そのため、「私は○○大学か、△△大学に進学したいのですが、
どちらのコースを選んだほうがよいですか。」などという質問をよく受ける。

たいてい、それぞれのコースのカリキュラム(授業構成)の違いを説明し、
最終的には自分で決めるようにと話をする。



日本にいるときは、このやり方に対して、特に疑問を抱かなかったが、
外に出て帰ってきて思うことは、
「ちょっとおぜん立てしすぎなのではないか」ということ。

高校全体の進学実績を上げるためには、仕方がないのかもしれないが
高校での教育は、社会に出てから困らない程度の「一般教養」を身につける場所にすぎない。
自分が高校で、受験のために一生懸命勉強したつもりであったことは
国際社会に出ると、日常会話にちらほら現れる程度の誰でも知っている一般常識なのである。

逆に、その程度のことを知らないと、会話をするにしても、挨拶程度で
深い話に進むことができない、興味深い人間としてみてくれないのである。



数学や英語は一定のルールに基づいた、情報処理能力を高めるのに役立ち、
理科からは日常生活の現象を科学的・系統的に理解するのに役立ち、
歴史や国語では、自国文化の造詣を深め、相手国の文化を理解するのに役立つ。
全てが、その人の素養や人格が判断されるのに役立つのである。

「大学受験に必要ないから。。。」という安易な判断は
長い目で見ると、非常にもったいないなあ。
と個人的には思う。

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【告知】元エチオピア人同僚が来日します★

エチオピア在住時にお世話になった理科のエチオピア人同僚教員2名が、
今週末に来日します。

この企画は私がエチオピアにいるおおよそ9か月前から考え始めたもので、
当時のボランティア調整員やら、在エチオピア日本大使館の方に
どうやったら、観光ビザが下りるのか、話を聞きながら準備しました。



エチオピアにいた当時、どうすれば
この地に理数科実験を根付かせることが出来るのか?
どうやったら、彼らは暗記に頼る学習形態から
自分でものを考える授業の移行できるのだろうか?

理数科セミナーの準備をする傍ら、
同期の隊員と話し合った。



一つの結論として、
若いうちに日本に来てもらって、日本を体験してもらう。
科学技術が先行した、非常に発展した生活の一形態を感じてもらう。
その中に身を置いてもらうことが、何よりも手っ取り早くわかるのではないか。

という話になった。



その場で、話は流れたが、
私の心の中で、その内容はくすぶり続けた。

小学校の先生方の多くは、町の外に出ることすら少なく。
新婚旅行でも、自動車で半日かけて、国内観光地に出かける程度で、
国外に出たことのある人はほとんどいない。

可能性があるとすれば、小学校の教員が夜間コースの大学で学位をとり
教育局などのお役所に入り、定年近くまで務め上げ、ある程度の役職になった時に
他国の援助団体からの何らかの研修に呼ばれることがあるくらい。

しかし、歳を経るとその分頭も固くなり、
抜本的な改革に進むだけの体力やエネルギーが残されている場合が少ない。



私が彼らの招待を決めた最終的な理由は
「自分が彼らの立場だったら、めちゃめちゃ日本に行きたいだろうな。」
と思ったから。

エチオピアから日本までの往復の航空券は、
おおよそ日本人の20-30代の教員ひと月の給料分であり、
それは、エチオピア人教員の約2年分の給料に相当する。

もし、世界の物価が平等で、エチオピア人の労働がある程度正当に評価され、
日本人と同じだけの給料がもらえていたとすれば、
彼らは、嬉々として、1か月分の給料を差し出してチケットを手に入れるだろう。

私はそう思ったから、
彼らの2年間の努力と、私たちエチオピア理数科協力隊員への協力への感謝の意味も込め、
日本へ招待することを決めた。



日本へ帰ってからも、ビザ申請の書類の準備、学校内での調整、
理科実験の準備など、
戸惑いつつも、管理職や多くの先生方の手助けを受けつつ、
本日、何とか最終承認まで取り付けた。

後は、9月17日金曜日の夕方に、
彼らが無事に到着することを願うのみ。



★「エチオピア理数科教育物語」ということで
JICA作成の10分ムービーが見られます。
エチオピア理数科活動の様子がうかがえます。
非常に良い出来です。
http://www.jica.go.jp/volunteer/outline/story/ethiopia/

「ぜい肉」と重力★

こんな経験は、生まれて初めてだ。
日本に帰ってきて、「3週間で6キロ体重が増えた」話を以前した。
それは、いったいどこについているのか??

それは、先日、ジョギングをしたときに判明した。
私は1時間程度走るときには、始めの5-10分は
体をほぐすために、ゆっくり歩きからスタートする。
その後、調子が乗ってきたころに徐々に走りだす。

今のコースは、登りがきついために、その分体の上下の動きが大きくなるのだが、
おなか周りが、上下に動くのがはっきり分かるのだ。
「たぷん、たぷん」と。。。



一瞬驚いたが、納得した。
6キロと言えば、500ミリのペットボトル12本分である。
全てが、おなか周りと言えなくとも
4分の1の3本分くらいはついていそうである。

ペットボトルが3本だったら、
そりゃあ、たぷんたぷんもするわな。
でも、早めに、対処しないと恒常化してはまずい。

風邪が治るまでは、とりあえずは定期的にジョギングのみ。
その後は、水泳などの各種運動に移ってゆきたい。
30代で中年太りはみっともない。。。

携帯電話★

P1060540.jpg


日本に帰って来てからも、エチオピアでの2年間の生活を忘れないように、
引き続きNOKIA携帯を使っている(simカードはソフトバンク)。

ただし、当時のモデルNOKIA2730classicでは、
e-mail用の日本語がインストールできないため、NOKIA6700slideに変えた。
未だに握手の起動画面と、「ちゃららん、らん、らん、らーん。」の起動音も
健在である。



唯一の厄介点は、ソフトバンクの仕様でXXX@softbank.ne.jpの
MMSが使えなくしてあることである。
パソコンのようにいちいちネットワークにアクセスしなくても受信できるメールを
「プッシュメール」というが、
NOKIAの端末に入っていた、「Mail for exchange」と言うソフトに
某プッシュメールを設定し、何とか受信できるようにした。

しかし、シンクロ通信(定期的な同期)の間隔を「常時」に設定したところ
パスワード確認が30秒ごとになされるようになり、
かつ、設定の変更もできなくなってしまった。
何らかの通信エラーである。。。



通常であれば、手っ取り早くカスタマーセンターに電話するのだが、
「お客様の使用機種は、日本では販売されておりませんので、トラブルシューティングデータがございません。購入のエリアのサービスセンターに問い合わせてください。」
と、一蹴されてしまった。

この端末は、日本の通信販売会社で購入したのだが、
どこの地域にかければ、良いのだろうか。
おそらく、本国本社のフィンランドにかければよいのだが、
通話料金が気になり、かける気にならない。

となると、インターネットで調べることになるのだが、「Mail for exchange」
でのエラーの報告は、目に付くところには上がっておらず、
今後、細々とシラミつぶしをすることになるだろう。

この端末の設定に、何だかんだで10日間以上かかっているが、
いつ終わることやら。。。
その前に、ちゃんと終わってくれることを願いたい。



★次の週末に、何とかエラーは解消し、メールが復旧。
今は、smiley symbolが何とか使えるように、調査中。

写真は左は昔の、右は今の使用端末

風邪(その後)★

生まれて初めて、38度こえの熱が3日3晩続いた話は以前した。
それから3週間たつにもかかわらず、未だ咳は止まらず。

そのために、職員旅行への参加を見合わせたり、
野外実習の引率を辞退せざるをえなかったり、
残念なことが続いた。



「帰国後の疲れが出たのだ。」とか
「エチオピアから新種のウィルスを持ってきた。」
などとか、言われていたが。
ほんとのところはどうなのだろうか??

治れば、笑い話ですむのですが、
今はまだ笑えない状況である。

もうまもなく2学期の授業が開始になるが。
その前に、何とかしてしまいたい。

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