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高等教育と教養★

2学期に入り、学校祭も終わったということで
生徒も徐々に落ち着きを取り戻しつつある。

私は2年生の文系クラスの担任であるが、
ちらほら、進路の相談を受けるようになった。



私の配属先高校では、1年生から2年生に進級する際に
文系クラスと理系クラスに分かれ、
2年生から3年生に進級する際に
私立大学受験コースと国公立大学受験コースに分かれる。

そのため、「私は○○大学か、△△大学に進学したいのですが、
どちらのコースを選んだほうがよいですか。」などという質問をよく受ける。

たいてい、それぞれのコースのカリキュラム(授業構成)の違いを説明し、
最終的には自分で決めるようにと話をする。



日本にいるときは、このやり方に対して、特に疑問を抱かなかったが、
外に出て帰ってきて思うことは、
「ちょっとおぜん立てしすぎなのではないか」ということ。

高校全体の進学実績を上げるためには、仕方がないのかもしれないが
高校での教育は、社会に出てから困らない程度の「一般教養」を身につける場所にすぎない。
自分が高校で、受験のために一生懸命勉強したつもりであったことは
国際社会に出ると、日常会話にちらほら現れる程度の誰でも知っている一般常識なのである。

逆に、その程度のことを知らないと、会話をするにしても、挨拶程度で
深い話に進むことができない、興味深い人間としてみてくれないのである。



数学や英語は一定のルールに基づいた、情報処理能力を高めるのに役立ち、
理科からは日常生活の現象を科学的・系統的に理解するのに役立ち、
歴史や国語では、自国文化の造詣を深め、相手国の文化を理解するのに役立つ。
全てが、その人の素養や人格が判断されるのに役立つのである。

「大学受験に必要ないから。。。」という安易な判断は
長い目で見ると、非常にもったいないなあ。
と個人的には思う。

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