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配属先の中学・高等学校の見学(9月20日)★

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今日は、今回の旅の本当の目的である。
学校見学の開始。
私の配属先の中学・高等学校の見学である。

朝、7時に学校へ行き、化学教員ティバブは
本校化学教員のS先生と今日の実験についての最終打ち合わせ。
実は、初顔合わせながらも「酸素の性質」と言う単元で、
一緒に授業をすることになっているのだ。

元々は、「ティバブに日本の学校で授業の体験を持たせてほしい。」
とお願いしたのだが、「せっかくだから一緒に授業を作りたい。」
ということで、
簡単な自己紹介の後、前半はティバブ先生、後半はS先生の授業に決まり、
最終打ち合わせも、上手くいったようだ。



1日の始めとして、まずは、学校運営部会の先生方に挨拶をした後、
職員会議で、全教員へのあいさつ。
私が通訳をしたのだが、彼らより私の方が緊張していたかもしれない。

その後、校舎見学をし、
中学校の英語と理科実験授業の見学
その後に、大講義室にて中学校の全生徒対象にエチオピアの文化紹介をした。

始めにプロジェクターで文化紹介をして、
その後にダンスの披露、
最後に質問コーナーだった。

一つ失敗したのは、私の翻訳の時間をカウントしていなかったこと。
そのため、ダンス披露の時間が極端に減ってしまった。
申し訳なかった。


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昼食をはさんだ後に、先生方対象として、家庭室にて
エチオピア式コーヒーセレモニーの紹介をした。
30人近い先生方に来ていただいた。
主催のタカリンも、次から次へと来てくれる先生方に感激していた。

6限目はいよいよ、ティバブの化学実験。
しかしながら、私はタカリンのコーヒーセレモニーにつきっきりだったため
始めのしばらくしか見ることができなかった。
坂野先生の話しぶりからすると、非常にうまくいったようだ。

何とか終わって、何よりでした。



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朝の散歩とコーヒーセレモニー(9月19日)★

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前日には、「朝6時半から父親と一緒に散歩に行く。」
と言っていたのだが、
起きてくる気配がない。。。。
起き始めは7時で、散歩に出かけたのは7時半。
さすがのんびり屋のエチオピア人。



8時にご飯を食べてから、
せっかくなので、コーヒーセットでエチオピア式コーヒーを入れてもらった。
衣装も伝統衣装で、両親と一緒に写真撮影などして盛り上がった。

私は、その日は部活動の引率があったので、
昼からは両親にお願いして、
勝山市恐竜博物館と、どこかのお寺に連れて行ってもらうことに決め
学校へ戻った。



夜、夕食後に、両親に彼らを私の家まで送ってもらった。

後から、写真を見せてもらうとことでは、
お寺は永平寺に、行ったようだ。
Tシャツも買ってもらったようで、満足げだった。


※写真はお土産を父に渡している様子

原子力発電所見学(9月18日)★

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宿の朝食は、純和食。
スチームライス(普通のご飯)に、味噌汁、漬物、納豆と卵か何かのおかず一品。
初日からおなかを壊されても困るので、納豆は食べさせなかったが、
その他は、不思議そうな顔をしながら「おいしい、おいしい。」と言って食べた。

目を見張ったのは、はしの使い方。
私の後任隊員(私と同じ配属先で後を引き継いでいる隊員)にお願いして
「せっかくだから、お箸を使えるように、教えてあげて。」
と、メールでお願いしておいたのだが、
思っていた以上につかいこなせていて驚いた。

聞くところでは、家でご飯を食べるときに、
インジェラ(と言うパン)をはしでつまんでトレーニングしたそうだ。
その様子が思い浮かんで、つい笑ってしまった。



発電所までの道は海沿いで、アップダウンの細い道を車で走ったが、
前日の夜には見えなかった海の様子がはっきり見えて、
本人たちは、感激していた。
何を隠そう、エチオピアには海がない。
これは彼らにとって、初めて間近で見る海なのだ。



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原子力発電所についての博物館の見学の後、
しばしの間、海水浴をした。
職場の同僚から借りたボディーボードを各自1枚ずつ持ち
波打ち際で楽しんだ。

塩辛い水に、キャーキャー言いながらも
波乗りを楽しんだ。
私自身も、2年半ぶりでちょっとドキドキした。
日本に帰ってからも、自重していたのだが、
これを機会に、再度はまりそうで怖い。

その後、越前松島水族館で、イルカショー
ペンギンの群れを見たり、サメやカメを触ってみたり
とにかく、時間いっぱいまでたくさん見た。
私は、非常に鮮やかなヤドクガエルの本物が見られたので非常に感激した。

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その日は、両親の住む実家でホームステイ。
祖母の家にもあいさつに出かけた。
たまたまお祭りで、いとこの一家が来ていたので、
大勢の日本人としゃべられて楽しそうだった。
記念写真も撮りました。


家で晩ご飯のコロッケを食べているところ。
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エチオピアの元同僚、無事日本へ到着(9月17日)★

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9月17日の午後4時半過ぎ、
エチオピア人同僚と落ち合う予定の「JR敦賀駅」に向かおうと家を出たところで、
携帯が鳴った。

電話に出ると、見知らぬ男性の声
「入国管理局ですが、○○さんの携帯電話ですか。」とのこと、
一瞬、エチオピア人たちが何か問題でも起こしたのかと思ったが、
「日本国内での宿泊場所の住所が分からないので、確認したかったのです。」
という内容だった。
滞在計画予定表や滞在場所、緊急連絡先は伝えてあったが、
肝心の滞在先の住所を教えていなかった。。。



確かに、我々旅行者がよその国に入国するときにも、
滞在ホテルの住所を書く必要がある。
すっかり、そんな基本的なことを忘れてしまっていた。
実のところ、約10枚にわたるビザ取得書類を準備し、ビザが発給された時点で、
完全に入国モードに入っていたといっても過言ではない。
うっかりしていた。

連絡がもし、後数分遅かったら、高速道路に入っていて
電話に出られなかったところだった。
ギリギリセーフ。



その2時間後位に、本人からも「無事出国し、JRのチケットも買えた。」と連絡が入った。
(その前に、2時間もどこで油を売っていたのか??)
列車の関西空港出発が午後7時16分、
乗り継ぎがうまくいけば、予定では午後9時32分の列車で到着予定。
10分前には、敦賀駅のホーム入って、感激の対面をビデオに撮ろうと待ち構えていた。

しかし・・・
いくら待っても彼らが現れない。
次の特急にも、彼らは乗っていなかった。

連絡を取るにも相手は携帯電話がないので、待つほかない。
次こそは!
と思っていたら、最後尾でのんびり出てきました。
「もう、心配かけて!」なんて思ったが、
本人たちに聞くところでは、大阪駅で迷って、予定の列車に乗れなかったそうだ。



この日は、宿にチェックインの後、
到着までの様子をあれこれ聞いて、
ついでに、プレゼン用に持ってきたコーヒー豆やら、謎の粉??やら
お土産の品やらを見せてもらった。

一通り話を聞いてから、疲れているようなので、早めに就寝。
とは言っても、気付いたら、夜の1時をとうにまわっていた。



寝る直前に食べるお弁当

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